
- 企業改革は「機能改善」から「関係改善」へ
- アナログ・スキルを見直す
- 思考プロセスを重視する
- 個人の「考える力」を高めて組織のIQを高める
- ファシリテーターは思考プロセスの牽引役
- 「考える力」と資格取得、どちらが身を助けるか
- 業務のプロジェクト化・社員の社内コンサルタント化が進む
- お客と業者の関係を見直そう
- プロジェクトの基礎は合意形成から
- 合意形成の大切さを知る
- ワークショップとは何か
- ワークショップ開催は「選択と集中」と心得よ
- ワークショップでの合意形成のスキルは会社では学べない
- 「80対20の法則」でプロジェクトを考えよう
- プロジェクト・マネージャーは最初のハードルに全力をつくせ!
- 合意形成には阻害要因がつきもの
- 合意形成に至るプロセスで付加価値を出せ
- マネージャーのための実践ワークショップ・プログラム
- チームビルディングにおける4つの視点
- ワークショップは「はじめ」・「中」・「おわり」の三幕構成
- コア・スキルとしてのシステム思考
- なぜワークショップ参加者を説得してはいけないのか
- ワークショップ参加者も「受け手」として磨かれなくてはならない
1.企業改革は「機能改善」から「関係改善」へ
今日、企業の業務改革を眺めると、わずか4・5年前と今日とでは、様相が変わりつつあることを感じます。
数年前の日本企業は、欧米の業務改革の方法論を自社に導入しようとしていました。そのためには、まず、業務改革の方法論を学ぶ段階がどうしても必要なため、上流工程では、基本概念の提示と自社への適用のための示唆が求められました。
一方、下流工程では、ERPのようなパッケージによる効率的なシステム導入が求められていたように思います。
しかし、最近では企業の関心は、システムの導入までの段階から導入後の運用段階へと移っています。
今日、企業が外部のIT系コンサルティング会社やSIベンダーに期待することは、「システムの導入支援までではなく、システム運用が自社に定着するまで一緒になって取り組んで欲しい、そして運用体制が安定するまで面倒を見てもらいたい」ということです。
こうした企業側の期待は、ある意味、尤もだと思います。
どんな学術的な経営理論や方法論も実際に役立たなくては意味がありません。
日本企業はこの数年間で、欧米の方法論を自社に適用するため、取捨選択を行い、充分に吸収し終えたと思います。そして、ここにきてようやく「やるべきことを最後までやり遂げる」実践の時期に突入したのです。
そこで重要になるのは、社員どうしのコミュニケーションです。かつての日本企業では、以心伝心や、あうんの呼吸といった言葉に代表されるように、社員の集団行動力が欧米企業よりも優れていました。ところが、今日では人材の流動化が進み、異なるバックグラウンドを持った人たちの集まりになるにつれて、社内における共通言語を持たなくなっているのです。
これまでの業務改革は、「機能改善」でした。しかし、今後の業務改革の矛先は、社員どうしが共通言語をもって話し合える組織作りであり、「関係改善」なのです。
2.アナログ・スキルを見直す
昨今の企業が求める人材像と、各個人のセールスポイントとの間の格差が顕在化し始めています。
多くのビジネスパーソンが、学歴や資格によって、自らの実力を証明しようとします。しかし、顧客企業が求めているのは、資格を持つ人材ではなく、着実に成果を上げる人材です。
今から20年以上前に、米国の未来学者、ジョン・ネイスビッツが著書「メガトレンド」において、ハイテクとハイタッチという二つの概念を発表しました。
ハイタッチとは、技術以外のすべてのアナログ的な要素を意味します。
21世紀に入り、ITバブルの崩壊も、ハイテクだけに頼りすぎてバランスを失った結果である、とも考えられ、産業界のニーズは、社員の潜在的能力を引き出し、成果に結びつけるための仕組み作りのようなハイタッチの方向へと向かいつつあります。
産業界における、ITの進化に伴うアナログ化、ハイタッチ化の動きは、ここ数年のビジネス書のトレンドをみてもわかります。
●1997年以降、論理的思考方法に関する本の売れ行きが良い。
●2002年に入ると図解ブームと呼ばれる、図解技法に関する本が売れている。
これらの状況は、何を示しているのでしょうか?
私の推論では、ビジネスパーソンが、自分の頭で考えて、その場に応じた最善策を発見する能力、つまり、問題解決力を高めよう、という風潮の表れであるように思えます。裏を返せば、現在の企業の多くが、個人の考える力量を伸ばすための教育手段や組織としての仕組みを持っていないので、自分のスキルは自分で磨く、という自己責任型キャリア形成の表れでもあります。
また、最近の図解ブームは、ビジネスパーソンの間で、自分の考えを第三者に説明するための表現技術が、今まで以上に必要になってきているからでしょう。
従来は、作図のスキルは、ITコンサルタントや一部の企画担当者が主に使うスキルでした。しかし、ITコンサルタントが作成したプロジェクト成果物や、市販のビジネス書を通じて、一般のビジネスパーソンが多くの図解を見慣れることで、図解を「パターン認識」するようになり、社内資料用に積極的に活用するようになった経緯があります。
このように、ビジネスパーソンが論理的思考力の習得の次に、図解能力に注目するようになったのは、ごく自然な流れのように思えます。
また、最近注目されるビジネス・コーチングも、ハイタッチの領域です。
終身雇用の崩壊や、給与デフレなどによる従業員同士の運命共同体的連帯感が薄れつつあることや、世代間の就労意識の違いによるコミュニケーション・ギャップが大きくなったことへの危機感のあらわれではないかと思います。
IT人材についても、一般のビジネスパーソンの動きと、同様な傾向が見られると思います。先程、今日企業の関心はシステム導入から運用の段階に入った、といいましたが、運用とは業務そのものであり、システムはあくまで業務の運用のためのインフラに過ぎません。
「運用」重視の時代には、IT人材もユーザーと同じ視点に立って考えることが求められます。そういった意味でも、これからのIT人材には、いままでの要素技術の知識や経験だけを頼りとするような、いわゆるデジタル脳の活用だけではなく、ユーザーの立場になって考える思考パターン、いわゆるアナログ脳を鍛えることが要求されているのです。
つまり、これからのIT人材像を一言でいうと、「仕事のできるSE」ではなく、「ITに長けたビジネスパーソン」でなくてはならない、ということです。
3.思考プロセスを重視する
私は、論理的思考方法や図解技法といった根源的且つアナログ的なスキルへの関心への高まりの傾向は、単なる偶然や一過性のものではなく、ハイテクヘの偏りを正すハイタッチの側面への調整機能が自然に働いているような気がしています。
そして、論理的思考方法や図解の次に注目されるのが、「思考プロセス」重視の動きだと考えています。
本来、ものごとには、インプット(原因)とアウトプット(結果)があります。そして、インプットとアウトプットの間に存在するのが、プロセスです。
最近は、成果主義人事制度を導入したものの、期待した通りには機能しなかったため、結局、廃止した企業も増えているようです。いずれにせよ、従来の組織の仕組みや業務のやり方を変えない限り、すぐに良い業績を上げることはありません。
つまり、良い業績を上げるための「プロセス」の革新なくして、良い業績を期待するのは、無謀とさえいえます。
論理的思考方法や作図能力は、個人レベルでの思考プロセスを強化する手段として位置付けられるのではないでしょうか。
理屈では、思考プロセスを強化すれば、より良いアウトプットが期待できますが、良いアウトプットを生み出すには、時間がかかります。
そこで、順序としては、個人が論理的思考方法を習得して(インプットを充実させて)、次には組織としての思考プロセスでの試行錯誤がどうしても必要になるのです。
日本経済が右肩上がりの時代は、工業化社会でした。この時代の「プロセス」は、ルーチンワークといわれる定型業務です。
仕事の定型化によって、効率性を確保することが工業化社会の最重要課題でした。しかし、私たちはすでに、バブル崩壊以降の長引く不況を背負いながら、知識社会のなかで生活しているのです。
知識社会では、商品・サービスに高い付加価値が要求されます。
さらに、不況期には、競合が激化するので、商品・サービスの質の優劣が、勝ち組と負け組との間に圧倒的な差を生みます。
このように、各業界が「右に倣え」で進んできた工業化社会型のプロセスでは、もはや通用しなくなっています。
知識社会で必要なのは、高付加価値を生み出す「思考プロセス」の仕組みなのです。そして、思考プロセスの仕組みがないと、高付加価値の商品・サービスが生まれにくい時代なのです。
4.個人の「考える力」を高めて組織のIQを高める
今後、ビジネスパーソンがヒューマンスキルを高める手順として、以下のステップを考えてみました。
業績を上げるためのプロセス
ステップ1 個人による論理的思考力の習得(インプット)
ステップ2 個人による思考表現力(図解力)の習得(インプット)
ステップ3 グループで討議する場作り(思考プロセス)
ステップ4 グループ討議による最善策の発見(思考プロセス)
ステップ5 最善策の実行(アウトプット)
ステップ6 実行結果の確認(アウトプット)
こうして、業績を上げるためのプロセスを整理してみると、非常に興味深いことがわかります。元々、日本のビジネスパーソンは、概して勉強熱心なので、ビジネス書を読んだり、資格取得のためのスクールに通ったりと、学習してきているので、インプットの段階は充分ではないかと思います。
インプットは既に充分なのですから、今後、必要なのは、ステップ3、ステップ4の「思考プロセス」なのです。
この作業プロセスの流れから考えれば、論理的思考方法や図解力の習得は、思考プロセスを強化するためのウォーミングアップの段階だといえないでしょうか。
私は、今後、IT業界においても、個人の「考える力」が「付加価値」として重要視されるため、「思考プロセス」が注目されるのは間違いないと考えています。
なぜなら、「考える力」を身につけたメンバーどうしが討議によって、重要課題への最善策を発見するためには、活発な意見交換の場作りがどうしても必要になるからです。これはプロジェクト内会議においても、あるいは社内会議においても同様です。
しかし、今日、自由で有益な討議をする会議体や、そうした活動を積極的に支援する社内体制を持つ企業はIT業界に限らず、非常に少ないのが実状です。
実際、今日、多くの企業が、社内の会議体を昔のままにしているので、会議のあり方が、出席者にとって、刺激的という言葉から程遠いものが多く、会議を存続させる意義さえも見いだせないケースが見られます。
つまり、「スピード」と「試行」を必要とする知識社会におけるビジネスに、会議体が追いついていないのです。
いくら各個人が「考える力」を伸ばしたとしても、会議体が変化しなければ、組織としての成果を上げることは不可能です。
個人のIQよりも、「組織IQ」をどうやって高めるかが、企業にとっての今後の重要課題なのです。
知識社会のビジネスに必要なのは、情報技術(ハイテク)をインフラとして、業績を上げるために最適な実践方法を考えつくための「思考プロセス」をいかに強化するか、というハイタッチの仕組みなのです。
私は、今後はIT企業においても、社運を決めるのは、社員一人一人の「考える力」を生かす仕組みになると見ています。
5.ファシリテーターは思考プロセスの牽引役
私はコンサルタントとしての立場から、この思考プロセスを高める手段・ノウハウとして、数年前からワークショップおよびファシリテーションに注目してきました。
ファシリテーションとは、問題解決や合意形成を目的とする会議において、会議を一定の方向に適切にリードしながら、予め想定していたゴールにまで到達する技術を指します。そして、これを行う人をファシリテーターといいます。
ファシリテーターを必要とする会議体には、いろいろありますが、中でも、システム導入プロジェクトにおいては、ワークショップが注目されつつあります。
ワークショップは、顧客企業の関係部門の担当者を巻き込んで、意志決定や合意形成に至る展開プロセスとして極めて有効な会議体といえます。
私は、プロジェクト・マネージャーやITコンサルタントに対して、今後のITキャリア開発の側面からも、ヒューマンスキルを強化するための具体的場面として、プロジェクト会議におけるファシリテーション技法の習得を勧めています。
それは、問題解決や合意形成に至る道筋をうまく誘導できるファシリテーターが務まる人材は、どんなプロジェクトにおいても重用されるに違いないからです。
そうなれば、結果的に、収入面においても、給与デフレから年収が下がるリスクへの打開策になるでしょう。
一昔前には、「声の大きい人が出世する」といわれた時代もありましたが、これからは、思考プロセスの場で参加者の「考える力」をうまく引き出して、価値を創出することができる人がプロジェクト・リーダーとして認められる時代になります。
その意味では、ファシリテーターは、最強の「アナログ的キャリア」といえます。
6.「考える力」と資格取得、どちらが身を助けるか
「ファシリテーション・スキルなんて、そんな資格のないものに頼れるか」と思われる方もいらっしゃると思います。
しかしながら、企業が求める人材は、成果を上げることができる人材であって、資格を持つ人材ではありません。MBAのような学位や、中小企業診断士といった資格が、もはや高収入を保証するものではないことは、読者も気づいておられると思います。
私はこれからのビジネスパーソンについて、次のように考えています。
「これからは、各種の資格を持つ人材よりも、思考プロセスにおいて、高付加価値の出せる人材がハイパフォーマーとして評価される。言い換えれば、状況に応じて、視座を変えることができる人、常に全体最適の視点で物事を判断できる人や、プロジェクト会議においてファシリテーターとして、参加者の意見を引き出せる人が重宝され、結果的に収入面でも優遇されるだろう。逆にそうでない人は、その他大勢の「ただの従業員」として扱われるだろう。」
一般のビジネスパーソンに限らず、ITプロフェッショナルにも、思考プロセスの重要性、思考プロセスの具体的手段であるワークショップおよびファシリテーターの重要性がお分かりいただけたと思います。
これは、以下のようにあらわすことができます。
「考える力」の強化 > 認定資格の取得(例:PMP、各種ベンダー資格など)
「考える力」とは個人が持つ「知恵」であり、必要な場面で発揮される「蓄積された能力」のことです。
「考える力」は測定することができませんが、いったんその能力が発揮されると、そのアウトプット(成果)の価値が認められる性質のものです。
それでは、なぜ、アナログ的なスキルが重視されるのでしょうか?
資格取得は資格を取るための学習、つまり、インプットの終了を証明するものであって、それ以上でも、それ以下でもありません。従って、資格を数多く取得したからといって、「質」的な側面、つまり、仕事の成果(アウトプット)を保証するものではありません。
一方、「考える力」は、実際のビジネスにおいて、一定の成果をアウトプットするための手段となります。
企業としては、単なる特定情報のインプットの証明に過ぎない資格取得よりも、アウトプットを保証する「考える力」のある人材を重用するのは、至極当然のことではないでしょうか。
7.業務のプロジェクト化・社員の社内コンサルタント化が進む
数年前まで、企業におけるプロジェクトとは、「ある特定の目的を期限までに遂行するために、急遽社内で組織されたメンバーによって推進される業務」を意味していました。あくまで「全社的には、ごく一部の限られた活動」に過ぎなかったのです。
しかし、今日では、社内の至る所で、プロジェクトが立ち上がるようになりました。プロジェクトが特別なものではなくなり、社員は、プロジェクトの存在を知り、また何らかの形で、プロジェクトに関与するようになったのです。
日本企業において、すでにプロジェクトは、正式に認知された業務形態なのです。これからは、ますます通常の業務と業務改革は不可分の関係になります。そうなると、業務自体がプロジェクト単位でとらえられるようになります。
つまり、業務イコールプロジェクトの時代なのです。以前なら、顧客企業先でこんなことを言っても、理解されませんでしたが、今日では逆に「当たり前ではないか」といわれそうなほど、日本企業の業務形態は変化しています。
プロジェクトには、通常「ステアリング・コミッティー」と呼ばれる組織が設置され、社長または役員が、名目上、総括責任者になります。
また、実質上のプロジェクトの運営責任者となるプロジェクト推進リーダーが必要です。事務局が設置され、複数の事務局メンバーがプロジェクトの舵取りを行います。
いままでは、プロジェクト編成において、実際のイニシティブを取ってきたのは、外部のIT系コンサルティング会社やSIベンダーでした。何故なら、プロジェクト事務局メンバーは、いままでの日常業務を兼任しているケースが多く、とても手が回らなかったからです。
ITコンサルタント側も、内心は、それではプロジェクト運営上、問題が生じる可能性が高いことを認識しながらも、かといって、事務局メンバーに、プロジェクト専任になって欲しい、と頼むことも出来ませんし、またそうした要請は、顧客企業の社内事情から考えて、現実的ではないため、黙っていたのです。
ところが、こうしたプロジェクトのスタート時点から、プロジェクト失敗のリスクが発生していることを、企業側も数々の失敗を経験して、理解するようになりました。
すでに一部の企業では、やり始めたことですが、プロジェクト推進メンバーは、日常業務を切り離して、プロジェクトに専念する体制になりつつあります。
これは、ルーチンワークの片手間でプロジェクトが運営できるほど、プロジェクト管理が容易なものではありませんし、プロジェクトが失敗した場合の損失(時間と金額)が大きいことを企業が認識しはじめたからでしょう。
プロジェクト管理のノウハウは、ますます重要になることは間違いありません。今後、プロジェクトの成功は、顧客企業のプロジェクト事務局メンバーの昇進・昇給につながるでしょう。プロジェクト管理を外部のITコンサルタントやSEに丸投げしていた時代はそろそろ終わりつつあります。
今後は、プロジェクト運営能力が、「デキる社員」のコンピテンシーとなり、人事考課の重要項目になると思います。
企業は、外部のITコンサルタントやSEに対し、社員と一緒になって取り組んでくれることを期待するようになりましたが、裏を返せば、社員がITコンサルタント、SEと同等に働く、ということです。
つまり、社員側も、社内コンサルタントとして、プロジェクトに関わることが求められる時代になりつつある、ということです。
ITコンサルタントやSEは、プロジェクトの成果が表れるまで顧客企業を支援する一方で、企業のプロジェクト事務局メンバーは、日常業務が忙しいことを理由に、プロジェクト管理までを外部に丸投げすることが許されなくなったのです。
一つの目標に向かって、顧客企業とITコンサルタントやSEが手を携えて、取り組むためには、企業側のプロジェクトメンバーとSIベンダーの双方がある意味で運命共同体のような意識を持って、「背水の陣」を覚悟する時代なのです。
8.お客と業者の関係を見直そう
日本の商習慣として、特徴的なのは、「お客と業者の関係」です。お金を払うお客の方が業者よりも地位が高い、という認識に立ち、お客が取引先を業者として自分達よりも低く扱う風潮が残っています。
付加価値を生み出そうとする環境やプロセスでは、こうしたお客と業者の関係を、そろそろ改めるべき時期に来ているように思います。
取引先を業者として見下す精神構造は、相手を一人の人間として対等に見ていないということです。これでは、いつまでたっても、人間どうしの対話が成り立ちません。人間どうしの対話がなければ、付加価値は生まれにくいでしょう。
特に、無形の高付加価値サービスの送り手と受け手との関係において、「業者」と「お客」という関係は、「受け手」である顧客側にとってもマイナスです。
当然ですが、「送り手」にも感情はありますから、「受け手」であるお客が、サービスの「送り手」を、「業者」として見下す態度をとるような企業のために、「送り手」が親身になって、一緒に取り組もうという意識が働くはずがないからです。
また、いつまでも「お客と業者」という意識のままでは、厳しい言い方をすれば、顧客企業の担当者も、磨かれないと思うのです。サービスを提供するコンサルタントが「提供サービスの質」の向上に努めることはもちろんですが、「受け手」が磨かれてこそ、プロジェクトの成功する比率は高まるのです。
これからは、ますますITコンサルタントやSEの「派遣社員化」が進むので、
サービスの送り手と受け手が、心理的な境界線を取り払って、プロジェクトの成功のために取り組む姿勢が、よい結果を生むと考えています。
SIベンダーの「派遣社員化」が進むと同時に、企業内では一部の正社員の「社内コンサルタント化」が進むでしょう。そうなれば、コンサルタントがビジネスパーソンの代名詞になる時代もそう遠くはないように思います。
9.プロジェクトの基礎は合意形成から
システム導入プロジェクトは、通常、1年間から2年間以上に及びます。通常、一部門だけで完結するプロジェクトはなく、大抵複数の他部門を巻き込んで行います。どこの企業でも、社内には利害関係が存在しており、部門間の対立は、程度の差はあるものの、避けては通れません。
実は、システム導入プロジェクトの成功・不成功を決める重要な要素について、いままであまり語られなかったことがあります。それは、他部門に協力を仰ぎ、合意を得るための合意形成のプロセスについてです。
社内で社長が或るプロジェクトの推進について号令をかけたとしましょう。しかし、社長がプロジェクトの後押しを宣言したからといって、各部門が「それならば、協力しなければ」と、積極的に協力をすることで、プロジェクトが非常にスムーズに進む、といった光景を想像できるでしょうか。
少なくとも、私の経験では、企業には派閥がつきものであり、部門どうしの派閥や利害関係によって、プロジェクトの遂行に支障が出るケースが非常に多いのです。
例を一つ挙げましょう。外資系企業が日本企業を買収したケースです。
合併直後に中途採用された日本人幹部クラスと、日本企業のプロパー幹部や社員との関係が、円滑にいくわけがありません。
私は、プロパー幹部がとり仕切る部門の社員が、外資系企業の掲げる業務改革実現をミッションとする中途採用幹部に反発し、「抵抗勢力」となって、我々のインタビューの邪魔をしたり、我々に対して悪意のあるウソの情報を流す、といった場面に遭遇しました。
これでは、会社の業績改善を目標とするプロジェクトが、本質的問題とは別の従業員間の感情面でのもつれによって、うまくいかなくなる可能性が非常に高くなります。こうしたケースは、外資系企業による日本企業との買収・合併が今後増えるにつれ、稀なケースではなくなります。
ここまで極端な例ではなくとも、大企業において、何か新しいプロジェクトを始める場合、社内で合意をとるには大変な労力と時間がかかります。
こうした状況を考えると、社内の重要課題について合意形成を促すことがいかに重要であるかがおわかりいただけると思います。
しかし、それほどまでに重要な合意形成のプロセスですが、その方法論について、いままで社内で真剣に取り組んできた企業は、非常に少ないように思います。
10.合意形成の大切さを知る
私が、合意形成の重要性に気づいたのは、10年以上勤務した日本の大手石油会社を退社し、外資系コンサルティングファームであるアーサーアンダーセン(現ベリングポイント)に入社してからです。
入社してすぐ、米国の研修センターで新入コンサルタント向けの約1ヶ月間のトレーニングコースを受けました。全世界から約150名が参加したトレーニングコースでは、いわゆる授業形式の講義は一切ありませんでした。
約40名1クラスに分かれた教室では、さらに6名~7名毎にグループに分かれます。しかも、グループ編成は、毎週変わります。世界中からトレーニングのコ-チとして招集された先輩コンサルタントが、カリキュラムに沿って問題提起をします。
各グループは、与えられたテーマに対して、メンバー同士で討議して、グループとしての意見をまとめ、模造紙に書いて発表する、といったやり方でした。
こうした進め方は、海外のビジネススクールでMBAを取得した人なら、ケーススタディー等を通じて経験しているでしょう。トレーニングコース参加者の内、7割が米国人であり、3割がその他の地域から来ている混成チームながら、皆お互いの意見を尊重しながら、最終的な意見をまとめる手順に慣れていることに、MBAホルダーではない私は、衝撃を覚えたことを思い出します。
その時に初めてグループによる合意形成のための手段として、ワークショップの存在を知ったのです。
その後、コンサルタントとして、数々のプロジェクトを経験する過程で、クライアントを対象に合意形成のための会合を企画、実行する機会を待ちました。そして、実際のプロジェクトの現場で、日本企業における合意形成の難しさを痛感したのです。
11.ワークショップとは何か
ワークショップとは、元々仕事場、作業場を意味する英語です。「広辞苑」によれば、「所定の課題についての事前研究の結果を持ち寄って、討議を重ねる形の研修会。教員・社会教育指導者の研修や企業教育に採用されることが多い」とあります。
ワークショップは、このような意味を持ちますが、日本のビジネスでは、ワークショップの認知度はまだまだ低いように思います。
日本のビジネスパーソンがワークショップを知るきっかけとして最も多いのは、外部からの研修講師による企業研修でしょう。
日本企業では、ワークショップが社内で独自に企画され、実施されているケースはまだ非常に少ないように思います。
欧米企業では、盛んに行われているワークショップですが、日本企業による導入が進んでいない理由として、以下が挙げられます。
(1) 社内に建設的な意見交換のできる会議体がないこと
どこの企業にも、部門横断的な会議はあります。しかし、そうした会議体は定例会議です。参加者全員が、当事者の立場で通常業務に関する討議を行うので、第3者的な立場による客観的な見方がしにくいので、斬新な意見は出ないことが多いのです。
(2) 議事進行者の属する部署の意向が働くことを社内で牽制する企業文化
ある経営課題達成のために社内プロジェクトが発足し、部門横断的に招集がかかる場合、会議で議事進行するのは、プロジェクトの主管部門の担当者になるケースが殆どです。社内での派閥争いが激しい会社では、主管部門がイニシアチブをとることを快く思わない他部門があり、逆に足を引っ張ろうとする場合も時折見かけます。
(3) 社内では「何を話したか」ではなく、「誰が話したか」で判断するので、本質的な議論の展開が難しかったこと
日本企業では、依然として年功序列が残っているので、ワークショップを企画したとしても、参加者は、議事進行者の入社年次や役職、年齢で評価しがちです。例えば、第一線で活躍している30代前半の担当者に対して、「プロジェクト会議の議事進行を委ねるのは早い」というような本質とはかけ離れた意見が出る場合もあります。
(4) 問題解決の糸口を独力で考えて提示する習慣が少ないこと
企業の社員は、日頃のルーチンワークを抱えて忙しいので、じっくりとモノを考えたくても、次から次へと雑用が舞い込みます。そうした日常業務への反省と、焦りから論理的思考方法や図解の技術のような基本的スキルの勉強に目が向くことは第1章で述べました。ここで理解していただきたいのは、ワークショップは、通常の定例会議とは異なる、ということです。
通常の会議の場合、議題が予め用意されており、主催者側の情報の伝達に対して、参加者が同意または意見を述べるスタイルであり、参加者はどちらかというと、受け身になります。
一方、ワークショップは合意形成を目的とする点では、通常の定例会議と同じですが、参加者自らが積極的に討議に参加して一つのテーマについて話し合い、問題解決または合意形成に向けて意見をまとめあげていくプロセスです。参加者の参加態度は、通常の会議と比べ、より能動的であるといえます。
12.ワークショップ開催は「選択と集中」と心得よ
最近では、企業において、システム導入プロジェクトのように、企業内の重要課題を実現する複数のプロジェクトが同時進行していることが珍しくなくなりました。
各プロジェクトでは、必ず主管部門が決められています。しかし、社内業務が一つの部門内だけで、自己完結している業務は殆どありません。
従って、プロジェクトを成功させるためには、関係部門の理解と協力が必要になります。
関係部門に対して、プロジェクト発足の経緯や目的、達成目標、スケジュール等を説明して、概要を理解してもらうことが大切です。
さらに、関係部門の協力を得るために、関係部門の主要メンバーにもプロジェクトに何らかの形で関与してもらうことが必要になります。
そのための機会として、用意されるのが、ワークショップなのです。
ワークショップには、プロジェクトの開始からまもなく、関係部門の協力を得るために開催するワークショップと、プロジェクトの途中で必要に応じて行うワークショップがあります。
しかし、ワークショップ開催のタイミングに関係なく、関係部門の賛同と協力を得ないと、前に進まないからワークショップを企画するのであり、ワークショップにおける合意形成が極めて重要な意味を持つことに変わりありません。
私は、ワークショップをしばしば「桶狭間の合戦」に例えて説明しています。
「桶狭間の合戦」とは、ご承知の通り、戦国時代に織田信長の軍勢が、今川義元の軍を破った歴史的戦いです。
織田信長軍の勝因は、桶狭間という山中の細道に今川軍勢が通りかかったところを見計らって、急襲をかけた戦いです。
つまり、今川軍勢数万に比べて、兵士の数が数千人と兵力では圧倒的に劣っていた織田軍が勝利するためには、短時間に今川義元を討つ必要がありました。
細い山道になれば、数万の大軍であろうと、一列になって通るしかない。そうなれば、大軍としての行動力は制約され、今川義元の護衛の数も限られる。織田信長は、これらを予め計算した上で、戦を仕掛け、勝利したのです。
織田信長が「桶狭間の合戦」で行ったことは、「選択と集中」です。つまり、
戦いに勝利するためには、何をすべきかを考え、今川義元一人を短時間で討ち取ることのみに焦点をあて、軍勢を集中させたのです。
「選択と集中」においては、ワークショップにも、「桶狭間の合戦」と同じことがいえると思います。
13.ワークショップでの合意形成のスキルは会社では学べない
システム導入プロジェクトで成功するためには、関係部門の理解と協力がどうしても必要であり、他部門メンバーに参加者意識を持ってもらうための手段としてワークショップを企画します。
ワークショップを通じて、他部門からの協力が得られれば、その後の作業も、随分と楽になりますが、もし、合意形成に失敗すれば、今後、他部門からの協力が得にくくなるばかりか、却って反発を受けることにでもなれば、プロジェクトの成功は覚束ないでしょう。
このように、プロジェクトにおいて、他部門を交えた合意形成の場作りとなるワークショップが、いかに重要かについてお分かりいただけたと思います。
しかしながら、これほどまでに重要なワークショップですが、合意形成のための具体的なノウハウとして日本のIT業界に定着していないのが実状です。
私の知る限りでは、IT系コンサルティング会社やSIベンダーには、合意形成、ビジョン形成を目的とするワークショップの方法論について、確立され、共有化されたノウハウがないのです。
しかしながら、昨年 経済産業省が打ち出したITスキル基準(ITSS)を参考に、今後ITコンサルタントやプロジェクト・マネージャーに必須のヒューマンスキルとして、ワークショップにおけるファシリテーション・スキルが注目される、と見ています。
システム導入プロジェクトの成功のためには、避けては通れない合意形成の場面において失敗は許されません。にもかかわらず、ワークショップでつまずいて、プロジェクトが中断する例は意外に多いのです。
私が以前、外資系コンサルティング会社で働いていた時、ERPシステム導入プロジェクトでは、通常のプロジェクト期間が約1年から2年でした。
同僚達は、顧客企業に常駐を開始するのですが、長期プロジェクトの予定でプロジェクトを開始したチームが、わずか2・3ヶ月で撤退してきた例は枚挙にいとまがありません。しかも、こうした事態は、私が勤務していた外資系コンサルティング会社だけの問題ではなかったのです。
実は、競合先の他のIT系コンサルティング会社やSIベンダーも同様の失敗を冒したために、顧客企業から他のコンサルティング会社に依頼の声がかかる、ということが少なからずありました。
ここでもう一度強調しておきたいことは、長期にわたるプロジェクトでも、関係部門との意見調整、合意形成をきちんと押さえておかないと、次のステップに進めないという点では、プロジェクトのスコープ(対象範囲)に関係なく、共通しているのです。
14.「80対20の法則」でプロジェクトを考えよう
「選択と集中」を言い換えると、80対20の法則に極めて似ています。80対20の法則をご存知の読者も多いと思いますが、ある物事全体を100とした時に、その内重要なのは、20%程度であり、この20%を押さえておけば、全体の80%をカバーしたことになる、という意味です。
プロジェクトにおいても、80対20の法則が当てはまります。
長期のプロジェクトには、要所要所に重要な通過点があります。
例えば、システム導入プロジェクトの場合には、合意形成の場面以外にも、実装(システムを導入する作業)フェーズにおいても重要なポイントはあります。
それらの重要ポイントさえしっかりと押さえておけば、あとは作業として円滑に進んでいくということがあるのです。
このように、合意形成の場面を「桶狭間の合戦」や「80対20の法則」に例えましたが、私が言いたいのは、プロジェクトにおいて、合意形成とは、これほど重要な場面であるにも関わらず、プロジェクト事務局も、外部のITコンサルタント側も、その重要性と合意形成に失敗した場合の被害の大きさについて正確に理解していない場合が非常に多い、ということです。
言い換えれば、プロジェクトを成功させたいなら、プロジェクト事務局側は、合意形成の成功に向けて用意周到な準備と本番での展開のために、全エネルギーを投入する心構えを持って欲しい、ということです。
15.プロジェクト・マネージャーは最初のハードルに全力をつくせ!
通常、合意形成を必要とする場面は、プロジェクト開始早々に発生します。まだプロジェクトを開始して、1ヶ月から2ヶ月経たないうちに、ワークショップの準備が必要になります。事務局メンバーも、ルーチンワークを抱えながらプロジェクト運営に携わるので、どうしても、外部のITコンサルタントに準備をすべて任せきりになりがちになります。
しかし、ここでプロジェクト成功に関わるリスクが発生することを、理解していただきたいのです。合意形成プロセスは、短期間で全エネルギーを集中させるべき一大イベントです。ここでの失敗はなんとしても、避けなくてはなりません。
今後は、顧客企業側のプロジェクト管理の仕方についても、見直される時期に来ているように思います。
現在でも、プロジェクト事務局のリーダーおよびメンバーは、日常業務との兼任である場合がまだ多いようです。日常業務でさえ、大変忙しいのに、さらに新たにプロジェクト推進という重責が加わるのですから、兼任のプロジェクト事務局メンバーには同情したくなります。
しかし、プロジェクト課題というのは、全社的な事業戦略で決められた方向性に則って推進されるのであり、その成功・不成功は、企業にとって重要なインパクトを持つはずです。
そうした状況にある場合、プロジェクト事務局メンバーにとって、日常業務とプロジェクト事務局としての業務とのバランスが重要です。
しかし、日常業務は、担当責任が自分一人のため、やらなくてはならない雑務も多いはずです。
事務局メンバーの忙しい立場は充分理解できますが、自己の業務範囲に、プロジェクト推進が入った場合には、80対20の法則で考えれば、プロジェクト推進は、明らかに重要な「20」の部分になるはずです。
だとすれば、「20」の部分を外部コンサルタントに丸投げして、失敗した場合、ITコンサルタントに全責任を負わせることは簡単です。
そうなれば、当該プロジェクトのフェーズでコンサルティング会社と契約を打ち切ることになるでしょう。
そして、新たに他のIT系コンサルティング会社を雇い、プロジェクトを最初から仕切り直すことになります。このようにお金と時間のロスは、必ず発生します。
それだけではありません。先述の通り、ワークショップの失敗で、関係部門からの参加者を失望させれば、今後のプロジェクトに対する協力的姿勢は期待できなくなるリスクを秘めているのです。
実は、このリスクはお金で解決できないだけに、最も重要であり、慎重に扱わなくてはなりません。
このように、再度プロジェクト推進体制および関係部門への働きかけのアプローチ方法等を立て直す労力を考えれば、「20」の部分であるプロジェクトでの合意形成の場面で、外部コンサルタントにワークショップの企画・準備・運営を丸投げすることの無謀さが、お分かりいただけると思います。
既に、日本企業においても、プロジェクト推進体制が変わりつつあります。
今後、プロジェクト事務局メンバーは、プロジェクト専任になっていくでしょう。
それほど、プロジェクトを成功させることは、会社の事業にとって重要だからです。
私は、こうしたプロジェクト推進体制の変化によって、合意形成の手段としてのワークショップの重要性が見直され、ある程度体系化した方法論が求められる時代が到来しつつある、と考えています。
そして、事務局メンバーも、ルーチンワークから開放され、プロジェクト専任になることで、プロジェクト成功のために、外部コンサルタントと一緒になって取り組んでいこうという、より一層の真剣さと気概が生まれるのです。
16.合意形成には阻害要因がつきもの
ワークショップには、進行を円滑に進めるリーダーが必要であり、ファシリテーターといいます。
プロジェクトの目的や意義をワークショップ参加者に理解してもらうことは、プロジェクト成功の必要十分条件ではありません。しかし、プロジェクトに関係のある部門間で共通理解ができていない状況で、プロジェクトを開始したとすればどうなるでしょうか。そのプロジェクトは、途中でストップするか、あるいは、形式上は無事に進んでいくとしても、社内で公式に認められず、結局、中途半端なカタチで終了するか、あるいは自然消滅するかのどちらかになることは目に見えています。
通常、ワークショップがうまくいかない原因は、以下のような複数の要因が考えられます。
ワークショップの失敗要因
- プロジェクトの目的と到達目標が不明確である
- プロジェクト関連情報の社内告知の不徹底
- リーダーの不在によるリーダーシップの欠如
- 社内の抵抗勢力(派閥・部門)の存在
- 上層部のバイアスのかかった方針の一方的な押しつけ
- 少数の反対意見の放置
- 人的リソースの不足
- 会議体の運営ノウハウの欠如
- ファシリテーターの経験不足
- ワークショップ企画段階での準備不足
- ワークショップ進行手順の想定誤り
- 最終的方向性(「落し所」)の欠如
プロジェクトによっては、これ以外にも、不確定要素は存在するでしょう。
これだけ多くの不確定要素を抱えながら、ファシリテーターは、ワークショップにおいて、一定の成果を期待されます。
17.合意形成に至るプロセスで付加価値を出せ
私は、ファシリテーターがワークショップで求められる付加価値は、大きく分けて3つあると考えています。
1)参加者全員の合意形成の場作り
これは、ワークショップ開催について、事前に関係部門に告知した上で、参加を依頼する各部門の社員の選出等、できるだけ協力が得やすく、且つワークショップでの討議の結果が社内的に認められるような、状況設定のための準備作業を指します。
この作業は、ファシリテーター一人で行うものではなく、プロジェクト事務局メンバーと外部コンサルタントが一緒になって取り組むべき作業です。詳細については、第5章で説明します。
2)ワークショップで討議するテーマについての「落し所」の用意
「落し所」というと、ワークショップ開催前に予め妥協点を用意しているかのような、マイナスのイメージでとらえられがちです。
しかし、ここでの「落し所」は、プロジェクト事務局が想定する到達目標実現に向けての行動仮説を指します。行動仮説とは、「最終着地点の方向性」のことです。
つまり、プロジェクト開始時点で、その目的と到達目標は明確にしなければならないはずですから、「何を」「いつまでに」「どのような状態にするのか」といった、将来の具体的な姿を社員(ワークショップ参加者)に表明するためのもの、ということです。
「最終着地点の方向性」とは、「プロジェクト・ビジョンの軸出し」と言い換えることができます。ここで「ビジョン」ではなく、「ビジョンの軸出し」というには理由があります。「プロジェクト・ビジョン・ステートメント」を事務局側で決めてしまっていたら、関係部門の担当者がワークショップに参加する意味が半減してしまいます。
ワークショップを通常の会議と異なるものにするためには、事務局側で、最終着地点の方向性のイメージを持っておいた上で、ワークショップ参加者に、テーマについて自由に考えてもらうことが、ワークショップの主目的となります。
従って、「プロジェクト・ビジョンの軸出し」とは、「最終着地点の方向性」に対する参加者側による合意形成の表現形態なのだ、と理解した方がよいでしょう。
プロジェクト・ビジョン・ステートメントは、時間軸の概念や目標の到達レベルが非常に明確でなくてはなりません。例えば、プロジェクト・ビジョンとして、「本プロジェクトによる新会計システムの導入によって、2004年下期からグループ連結による月次決算を実現する」というようなことです。
18.マネージャーのための実践ワークショップ・プログラム
「ファシリテーションを学ぶには、研修やセミナーを受講するのに、お金と時間がかかる」
「講師によって、言うことはバラバラで何をコア・スキルにしたらいいのかわからない」
「結局、ファシリテーターになるには、個人の資質が左右するのか」
巷のファシリテーションに関する情報を集める限り、そう思いたくなる気持ちはわかります。
「短期間でファシリテーションを習得できるわけがない」
ファシリテーションに興味をもつ人の誰もがそのように思い込んでいます。
巷のファシリテーションの説明は、コミュニケーション・スキルに偏り過ぎています。
教える側が、自分の個性をいかした、いいかえると自分にしか通用しない属人的ノウハウであることを理解しないで、他人に教えようとするケースが多いのです。
当然ながら、ノウハウが標準化、体系化されていないので、他の人では実際に使えない場合が殆どです。
私の考えでは、ファシリテーターに必要なヒューマンスキルは、「対人力」と「論理的思考力」です。
ビジネスファシリテーターズアカデミーでは、この両者のバランスを理解した上で、ファシリテーション・ノウハウを体系化し、提供しています。
実際、短期間でファシリテーション・ノウハウを習得した結果、仕事で素晴らしい評価を上げている方が徐々に増えています。
ビジネスファシリテーターズアカデミーでは、このビジネス・ファシリテーションに関する体系化した手法を、『28日間実践ワークショップ・プログラム』として提供しています。
このプログラムは、「ワークショップの準備・実行・結果報告の1サイクルを28日間で行う」というものです。
28日間でワークショップに関わる全作業を終える、現実感のあるプログラムです。「ワークショップに4週間もかけていられない」場合は、さらに期間を短くすることもできます。
「重要なプロジェクト会議であっても、4週間以上、時間をかけない」という意味です。
19.チームビルディングにおける4つの視点
ワークショップを企画・実行には、チームワークで取り組みますが、チームメンバーは、各役割を大きく4つの視点でとらえる必要があります。
1.プロデューサーの視点
企画にあたっては、ワークショップ開催の目的、参加者の想定、進め方の手順、落とし所の想定、といった、あらゆる ことを総合的にとらえて準備しなくてはなりません。そうした役割は、まさにプロデューサーそのものといえます。
2.コンサルタントの視点
ワークショップは、特定のテーマを解決する糸口を探すことを目的としているので、問題解決の発想がどうしても必要になります。また、ファシリテーション・エンジニアリングとしての各種方法論を適宜活用するためには、コンサルタント的な役割を求められます。
3.ファシリテーターの視点
ワークショップ運営をリードするのは、やはりファシリテーターです。ファシリテーターが進行するためにやりやすい環境、準備、展開イメージといった観点から準備することが必要です。
4.ワークショップ参加者の視点
参加者がワークショップに何をどれだけ期待しているのか、といった状況を把握する必要があります。また、ワークショップ最中の参加者の反応を見ながら、適切な対応がとれるように意識を向けることも大切です。
そして、ワークショップ終了にあたって、最終的にどういう方向に収束することを望んでいるのか、といった参加者の立場に立った考えを、チームで持つことが重要です。
20.ワークショップは「はじめ」・「中」・「おわり」の三幕構成
個人としてファシリテーターを目指す、あるいは育成するよりも、4つの視点に基づき、かつコア・スキルであるシステムズ・シンキングの方法論を活用して、チームでワークショップを運営していきます。
また、ワークショップ内でのジョブ・ローテーションにより、各人がファシリテーターの経験を積める仕組みです。
ワークショップは、大きく3つのフェーズでとらえます。
1.プロデュース
ワークショップの企画および準備段階です。ワークショップ開催の目的を明確にし、課題・テーマを想定の上、準備を開始します。参加者への事前アンケートや、事前説明会、ワークショップ当日の準備などの段取りを行う重要なフェーズです。
2.コントロール
ワークショップ当日の運営全体を指します。ファシリテーターがワークショップをリードしますが、他のチームメンバーが運営をサポートします。
3.クロージング
ワークショップ結果を整理した上で、ステアリング・コミッテイーと参加者に対して結果報告を行います。
21.コア・スキルとしてのシステム思考
私が考えるファシリテーターとしての要件の内、最も重要な要素は、全体を把握する能力です。これは、ワークショップ全体の運営という意味もありますが、基本的条件として、ワークショップのテーマとなる企業についての大局的に理解できること、という意味です。
ファシリテーターには、何より最初に「会社のビジネスがわかる」ことが要求されます。
「ビジネスがわかる」とは、「業界知識に詳しい」「実務経験が長い」という意味だけではありません。
「会社を取り巻く外部環境と企業の内部環境との関連性を大局的見地から把握できる」ということです。
したがって、企業の内部環境と外部環境との関連性を、大局的見地から把握することが要求されるのです。
実はビジネスパーソンにとって、意外と難しいのが、自社を客観的に眺めることなのです。
また、社内の事情はよくわかっているつもりでも、あくまで自分が所属部門からの視点である場合があります。
また、外部環境については、担当する製品市場のことである場合があります。
このように、自社を取り巻く環境についてマクロ的な視点で概観した経験のない人が殆どです。
このこと自体は、仕方がありません。
しかし、ファシリテーターは、企業に対する大局的な視点が要求されるのです。
それでは、どうしたら大局的なものの見方ができるのでしょうか。
実は、その方法が、システム思考なのですが、システム思考については、4章で詳しく説明します。
ビジネスファシリテーターズアカデミーでは、明確な方法論に基づく左脳系ファシリテーションを推奨しています。
明確な方法論とは、MITのP.センゲ教授の創案したシステム思考をコア・スキルとし、さらにコンサルティングの各種方法論を活用しながら、チームとしてワークショップを企画・運営するノウハウのことです。
こうした既に世間で知られている方法論を適宜組み合わせて活用するファシリテーション技法は、実践的なノウハウです。
これは単なるプレゼンテーションや議事進行のノウハウとも異なり、また個人の資質に頼る右脳系ファシリテーションとも違います。
22.なぜワークショップ参加者を説得してはいけないのか
通常、ワークショップ参加者の殆どは、自ら手を挙げて参加した人ではないはずです。
したがって、参加者は、ファシリテーターに何かを説得されたい、とは全く思っていません。
参加者の本音を代弁するとすれば、忙しい中、せっかくワークショップに参加したのだから、せめて、このプロジェクトの目的と意義について納得して帰りたい、と思っているのです。
プロジェクトの事務局側に是非とも理解していただきたいことがあります。
それは、コミュニケーションに関する主導権は受け手、つまり参加者が持っている、ということです。
受け手の「わかった。確かにその通りだよ」という返事がもらえるかどうかが、ワークショップの成功不成功の分かれ目なのです。
ワークショップにおいて、一番いけないのは、参加者を説得しようと、ファシリテーターが意気込むことです。
ファシリテーターの役割は、ワークショップ参加者を「説得する」のではなく、「納得させる」ことです。
「説得する」という動詞は、主語が情報の「送り手」であるファシリテーターになります。一方、「納得する」という動詞は、主語が「受け手」、即ちワークショップ参加者になります。
「納得する」とは、ワークショップ参加者がファシリテーターの話を自分で咀嚼しながら考えた結果、一つの結論(行動仮説)を受け入れる行為を指します。
このように、「納得する」という行為には、ワークショップ参加者の主体性があるのです。
システム思考を用いたワークショップでは、参加者は、グループ討議を通じて自分たちが導いた結論を発表します。
そこには、プロジェクト事務局やファシリテーターによる意見の押し付けや、無理な説得は一切ありません。
このように、ファシリテーションに限ったことではありませんが、コミュニケーションにおいて主導権を握るのは、情報の送り手ではなく、受け手であるということを忘れないでください。
結局、ワークショップの成功不成功は、参加者に納得して帰ってもらうことに尽きるのです。
コラム
イソップ童話に「北風と太陽」という話があるのは、ご存知でしょう。
「説得する」とは、北風のように無理やり相手に強引に理解を強制する行為に等しいのです。
今日、営業マンのセールス活動で最も成功しないパターンが、お客さんを無理に説得しようする行為です。
商品を欲していないお客に対して、説得をするだけ無駄でしょう。
イソップ童話では、北風が男の上着を脱がそうと、風を吹かせると、男はますます上着を飛ばされまい、としっかりとつかみます。
これと同じく、相手を説得しようとすればするほど、相手は身構えてしまいます。
「説得しよう」とした時点で、相手は抵抗するものだと、考えるべきです。
一方、太陽は、男を暖かく照らします。
すると、男は熱くなって上着を自ら脱ぐのです。
参加者を納得させるということは、参加者に「自ら上着を脱がせる」ことに似ています。つまり、自分またはグループで出した結論を自分で理解して受け入れる、ということです。
23.ワークショップ参加者も「受け手」として磨かれなくてはならない
私の考えでは、優れたファシリテーターの育成はもちろん必要ですが、ファシリテーションを受けるワークショップ参加者の側の育成も、同じくらい重要だと考えています。
繰り返しになりますが、思考プロセスに価値を見出す時代では、情報の「送り手」だけではなく、「受け手」も磨かれなくてはならない時代に来ている、ということです。
送り手と受け手が共通理解の上に立って、活発に議論することで、ファシリテーターと、受け手との関係が築かれていくと考えています。
最近では、情報の送り手であるIT企業の持つ情報量と、受け手であるクライアント企業の情報量の差が以前よりも縮小しています。
外部コンサルタントにプロジェクト管理から成果物の定義まで、丸投げしていた時代がありました。
今後はユーザー企業が「受け手」として、積極的に「送り手」の作業や運営にも関与し、厳しく評価をしつつ、よい成果を追求していくことで、プロジェクトの成功につながると思うのです。
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